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音楽の先生と合唱の思い出

小学生の頃、ウィーン少年合唱団に憧れていた私

最近、音楽のことをいぱい日記に書きすぎてお客さんや友人達と音楽談義することが多くていろんなことを思い出してしまいます。

 

小学校4年の頃、音楽の先生だったH先生(通称Hばっちゃん・・・すみません・・・)が「あんたたちが6年の秋にコンクールに出場する!」といきなり学年の男の子全員に「合唱」をほぼ強制的に教わることになった。

 

音楽好きな僕でさえも困惑した覚えがあるのだから、歌うことさえ嫌な男子には拷問だったにちがいない。

しかも課題曲がシューマンの「流浪の民」とかだったりするから子供にはとても難しかったりした。Youtubeとかで検索すると小学生の合唱ではほとんど使われない歌だったことに気づく。

私はといえば、先生曰く「秋空の澄み渡るような声」と褒められたことに気をよくし、まさにボーイソプラノで歌うことを楽しんでいたし自信もあた。シューマンやシューベルトが好きだったのも幸いして流浪の民=ジプシーの気持ちや歌い騒ぐ様子をイメージして行ったこともない19世紀のヨーロッパへ気持ちが飛んで、一人興奮したりもした。

 

なによりピアノ伴奏の先輩女子の井上さんに憧れたりしてめちゃくちゃ楽しかったりしたので、周囲の友人の「なんで俺らがこがんことせんといかんとやろうか」という疑問に対して疑問を持ったりしたものだ。

 

こんな話を書いたのも唐突にある授業を思い出したから。

みんながぶー垂れて合唱の練習をしていたからかもしれないけれど、先生のHばっちゃが

 

「あなたたちが大きくなってテレビや街でこの歌が聞こえてきたら、きっと今のことを懐かしく思い出すと思うよ」

フーンって思っていたけれど、30年くらい経った僕の記憶にはあの音楽室の一コマがハッキリと思い出すことができる。

何より先生が伝えたことを、今実感できること。

これも本当の「教育」なんでしょうね。

 

先生は定年後、自宅にテニスコートとか作ってまだまだご健勝とのこと。うーん、素晴らしい。