祭りのあとの寂しさ

散る桜を見て想う事

今年も桜が散りだしました。

地面にたくさんの花ビラが散ってきて、幾許かの寂しさが募ります。

 

そして、ちょっとだけ気付いたのです。

日本人のロマンチックさに。

 

日本には「ハレ=祭、年中行事」と「ケ=日常」、「ケガレ」があり

ハレの時は正月や節分、節句、祭などの絶対的な時期に想いを

馳せ、待つ喜び、節目の行事体験、去り行く寂しさを常に感じるこ

とができます。

 

さくらが散るのを観て、来年はどうなのかな?と未来に想いを

馳せました。その先は?僕らの子供が見る桜は?

 

祭りのあとの寂しさは、その「想う未来」の不確かさや漠然と

した不安、けれども大丈夫!という希望のごちゃ混ぜな気分

を表現する良い表現だなぁって。

 

「生は愛しき蜃気楼」と詠んだのは茨木のり子ですが

その蜃気楼を実感できている、今、という時間の在り難さ。

うーん、ロマンティックだ!!そして、幸せだ!!